白雲の道

[No.20]イメージの法則

Date:2003年08月27日(木)

8月27(水)天候晴れ
私達はどうして身体が重いときと軽い時があるのだろうか。体重が増えればだれでも重く感じることは分かるが体重の問題でなく、精神や肉体の状態によってなぜ重くなったり軽くなったりするのだろうか。
この事に関して提言したい。
それはひとつの思い、あるいはイメージに特有の重さがあるということだ。初耳だと思うが、まあ聞いて欲しい。この話からトラウマの解放に焦点を向けたいのだ。
例えばだれでも過去において一度は思い出すと気が重くなる失敗をした事はあると思う。私などは日常茶飯事だが、この失敗を思い出すと言葉の綾ではなく本当に重くならないだろうか。逆に暗い努力の末に同じような気の重さに突破口が開かれた時、そのとたんに心も身体も軽くならなかっただろうか。これは気のせいだろうか。その度に心臓の鼓動や呼吸の変化に気がつかなかっただろうか。
また落ち込んでいる人の近くによるとその重さが感じたりしないだろうか。これはなぜだろう。思いやイメージに特定の重さと軽さがあるだけではなくその性質は近くの人に伝わり無意識的に知られるものではないだろうか。
この重さは単なる重さではない。体重が重くなっても病気にはならないが、この気持ちからやって来る重さは病気を誘発する。ではこの重さは実際の重さより現実的かも知れない。
一方でこの気持ちから来る重さや軽さは非常に面白い性質をもっている。観る者のその角度を変えると変化したり、消えたりする。けんかしてもお互い謝った瞬間にその重さは消えるようなことだ。
では、トラウマによって心的外傷を背負って現実的に重く制限された人生を生きている人がそのトラウマをどのようにして軽減できるのだろうか。それはそのイメージを観る角度を変え新しい方向性を与える事によってだ。
今日架空の人Cさんが来た。彼女は刃物を見たり、想像するだけでもいつも胸のあたりが重くなるという。最近は何もしなくても胸のあたりが重苦しくて一種の心臓神経症のような症状になっている。
Cさんに刃物を目の前にあるように想像してもらった。その間わたしの意識は彼女に焦点を合わせている。私の胸の周りも徐々に彼女が言いように重く感じてきた。その重さを感じながら彼女をトランスの意識レベルに誘導し、過去にさかのぼりそのトラウマの始点を見つけた。そこで正直な感覚や感情を言葉に出して表現してもらった。その正直な表現によって無意識の負担を軽減する事が出来る。次にその変化を感じ取りながら今度はその重さをどうしたいのか彼女に表現してもらった。それが意識的な方向性を創り出す。この単純なプロセスによってイメージは新たな方向性に向かって変化し出す。この後15分ぐらい静かに寝ていてもらう。この間にその人の無意識と意識が再編成されるのだ。
このようなプロセスを数回続ける事によってトラウマは消えてゆく。
なぜこのような事ができるのだろうか。それはイメージを移動したり変化させる事は私達の生まれながらの既得権であり、トランス意識状態はイメージ処理に関して専門家のようなところであるからだ。その法則を知る事でちょっとした可能性が広がるのだ。