白雲の道

[No.23]エネルギーの中間状態

Date:2003年08月30日(土)

8月30日(土)天候曇り
今日は土曜日、午後から講習会だ、その中にHさんがいる、そのHさんは今日誕生日。今日はそのHさんに焦点を当てて見よう。Hさんは以前気風のいい江戸っ子で紹介している。その後彼女はこの日誌をいろいろ批判しながらも愛読してくれている一人だ。
以前気風のいい人は勢いのある気の風を吹かせる事はうまいが、自分の中にエネルギーを育てる事はあまりうまくはない。自分を育てるためのエネルギーも気前よく周りに押し出してしまうという事を書いた。
その事が彼女の中で腑に落ちない何かであったようだ。それは私にはわかっていた。その点は誰しもの人生で考えるべきところだと思う。その事を説明してみよう。きっと彼女の誕生日の内容がこの日誌を読む人にちょっとした貢献をする事になると思う。
なぜならその気というエネルギーのレベルはエネルギーのターニングポイントだからだ。
以前8月23日の日誌の無意識的な感覚の中で説明した事がある異質なもの同士が引き合うエネルギー世界と同質のものが出会うエネルギー世界のその中間に気の世界があるが、その変換点から気のエネルギーが吹きだす。
例えばエネルギーが性に流れるとそのエネルギーは性ホルモンや精子を伴って下に向かう。その同じエネルギーが胸に向かって流れるとそのエネルギーは愛やヒーリングの力を伴って上に向かう。性エネルギーは異質な世界に向かって流れ、ヒーリングのエネルギーは同質の世界に向かって流れる。
簡単な法則だ。しかしここでその下でもない上でもないその中間状態が生まれる。その状態がエネルギーを気に変化させ両方の世界を活性する源になる。その位置が臍下丹田と言われている。この中間状態が持っているもうひとつの性質はエネルギーの質を下降から上昇、逆に上昇から下降に変換するターニングポイントだ。
普通私たちが認識している外側の世界は異質の世界であり、エネルギーが下降していく支配欲や性欲を基盤としている。その世界の中にあって気風のいいひとはこれらを見下ろすこの中間状態に居座っている。それが的確な判断力と直観力になっている。それがこのような人たちの特徴だ。
それはすばらしい。それは確かな精神の成長だと思う。しかしこの状態から現実社会を見ると不安定にならないだろうか。私たち凡人は性欲やお金支配の世界の中で右往左往しながらもつかぬ間の愛や幸せを夢見ている。現実は谷間にいながらも心はエネルギーが上昇する世界を見ている。だが、この中間状態にいる人たちは今だ至らぬ人たちを気づかってか下界を見ているのだ。
エネルギーのゆっくりとした欲望の世界にいる私たちが見るものは届かぬ夢であったりするが、彼らの夢の実現は速い。その夢が欲望の世界に向けられるとそれはすぐに実現する。だがそこに彼らの幸せはない。なぜだろうか。彼らは中間状態にいるからだ。
大胆な幸せは性の中で愛を思うか、愛の中で下降する世界を思うか。それとも愛情の中で無限のエネルギーが渦巻く宇宙を思うかの三つだ。そこには加速するエネルギーがある。どうしてニュートラルの状態でエンジンをふかしそのざわめきの中で幸せでいられるのだ。気風のいい人はどこにでもギアを入れる事が出来る中間状態にいる。ではどうしてそのギアを上昇する世界に向けないのか。
その理由は分かっている。彼らはこの下降する世界が弟のようにかわいいのだ。
分けの分からない事を書きすぎた。もう寝よう。