白雲の道

[No.31]月と火星のランデブー

Date:2003年09月09日(火)

9月9日(火)天候晴れ
現実はどうあれ自分の求めるものの思いを今に乗せる。それは未来に向かって種を蒔いたのに等しい。今の現実はその種が実を結んだ結果だとすると、その現実はもう既に過去になっている。
私たちはさまざまな問題や症状を持って右往左往している。それらは現実であるからだ。
しかし本当にそれは今の現実なのだろうか。
その辺に今日は焦点を当てて考えてみたい。ちょっと話は違うが、今夜は南の空にくっきりとした中秋の名月と火星がランデブーしている。まれな事だ。
この天空のドラマにちなんで宗教心からこの難解な疑問を解き放って見よう。
以前私は宗教には興味がないが、宗教心はあると書いた。私は北海道で生まれたが、10才に満たない頃、真夏の暑い夜よく外へ出て両親といっしょに夕涼みをしていた。
北の空は天の川がくっきりと観え、今日の火星のように大きな星が無数に揺らぎながら輝いている。その下家族みんなでござを敷き寝そべっていた。父親はあまり口数が多いほうではなく、いつも星を見ていたが、私はよくその両親の星を見る横顔を見ていた。その眼差しの中に正直さと一日の重労働を終え,おおいなるものに身を任せている言うに言えない美を観ていた。その事が私の宗教心を育てたと思う。
私はあのときから大いなるものに真正面から向かうあの美しさにある種の憧れのようなものを持っている。。
その宗教心を持った目は小さな出来事や心配事を映し出しているのではない。その目は現状から遠く離れ、正直な心をもって今を観ている。
以前、朝方の夢の中でオーケストラ楽団を目の前にして壮大な音楽を聴きながら感動の中で目覚めた事がある。今までにそれほどすごい夢を見たことはないが、その時今というの現実を見ていたような気がする。
おそらく深い宗教心を持った人たちはそんな中にいるのだ。彼らの目は今という感動の中にその焦点があっている。それほどリッチな生き方はあるだろうか。
お昼近くになってやってきた以前ヒーリングとリラクセーションで紹介したFさん。
彼女は85歳になった今も友達と往復3時間かけて刺抜き地蔵に月2度行く事にしているらしい。
軽い鍼によるバランス調整をした後くつろぐ。
彼女はコーヒーもお茶も飲まないが、ここでくつろぐのが好きなようだ。北海道に長く住んでいて今、隣の町に娘さん夫婦と一緒に暮らしている。
ここにいると親戚の家にいるような気になるんですよ。不思議ですねとFさん。私もですよ。親戚がきた感じだと私。彼女は待合室の方々を見回って最近新しく買ったちょっと大きめ目のラジカセを見つけた。これなんですか。ストーブみたいな形だね。いやこれはボーズと言う会社の最高級のラジカセだよ。へー。私のところにも欲しいもんだねと言いながら感心している。私もついついいい音がするんだよ、ほら、どうだいどうだいとばかり自慢してしまった。
彼女の身体は昔の骨折や沢山の手術後の後遺症でいっぱいでさぞ大変だと思うが、目はいつも和やかだ。彼女は今までも現状よりも今に焦点を合わせて生きてきたのだと思う。
そんな彼女をあの女神にも似た月だとすると私はその周りをちょろちょろと動き回る戦いの星と言われるあの火星だなと思った。