白雲の道

[No.32]信頼と不思議

Date:2003年09月11日(木)

9月10か(水)天候晴れ
信じる事と信頼する事は違う。信ずる者は救われると言う言葉があるが、それはそれでいい。きっとすばらしいのだろう。
逆に信ずる者はだまされると言う言葉を聞いた事がある。その時なぜか心の中で笑いが止まらなかった。これが真実かどうかは分からないが面白い。
信頼と言う言葉があるが、この方が好きだ。信じる事によってそれがいつしか信頼になってゆく道もあるが、疑いからいつしかその疑いが解け信頼になってゆく道もある。
そのように考えるとしっくり行く。この方が深みを感じるし、信じるか信じないかと騒ぐ烏合から一歩前進した感じだ。
私の探求は直感から始まったが、それが不信になり、もう一度信じてみようと言う努力が落胆になったり、疑いになったりした。しかしその疑いから少しずつ真実に近づいてきた気がする。
直感から人の能力は物理的なものを超えた何かを持っている事はわかっていた。
しかしここに難関があった。気は物理学のように目には見えないのだ。どんな測定器も正確に計る事が出来ない。どうして検証する。
ここにその突破項口を開いたの信頼だ。その信頼は人に対する信頼ではない。自分自身にその方向を向けなくてはならない。それは直感とも言われているが、当てずっぽうの直感に思われてしまう。そんな直感で治療されたらたまらないだろう。
では自分自身ということはどのようなことだろう。自分さえ信頼できないその自分に向けてどうするのだ。
よく聞いて欲しい。ここで自分に向けろと言っていない。自分自身に向けるように言っている。自分自身とは自分の無意識と言う事だ。その位置は後頭部に位置する小脳の事だ。
非常に不思議な事だが、この小脳との間に信頼が築かれると他人の気の状態や過去の状態までが自分の身体のように映り出すのだ。
今日も時間ぴったりにやってきた日誌の全次元医学の提唱でも登場してもらったSさん。最近、気持ちの方も変化しているようだ。
軽いイメージトレーニングとバランス調整の後雑談
どうだい、最近日誌読んでくれている?読んでいます。なかなか面白いです。どこが面白い。観る者と観られる者はすごくおもしろかった。それを聞いて私は上機嫌だ。
何でも聞いてくれと言うニコニコ顔だ。
先生あの中に書いてあった過去生というのがよく分からないのですが。過去生って本当にあるんですか。子供の頃の怪我やトラウマが今に関係している事は理解できますが、過去生となると今の僕にとって難しいです。それは無理もない事だ。説明するのも難しい。
過去生があったかどうかそれは私にとっても難しい。しかしそこにトラウマがあることは分かる。それはちょうど甘いものを食べると唾液が出てくる。そうするとどこかに唾液腺がある事がわかるようなものだ。
Sさんはイメージを小脳に置くイメージトレーニングをしている中で、自分の中にも何かある感触を持ち始めたようだ。質問内容も回を重ねるたびに力が入ってくるため、わたしもSさんが来るのが待ち遠しい。