白雲の道

[No.33]才能かそれとも直観か

Date:2003年09月11日(木)

9月11日(木)天候晴れ
今日はとても暑い日だった。よりにもよってこんな暑い日にどうしてと思うほど悪いタイミングで待合室のクーラーが壊れた。治療室の方は涼しかったが待合室の方は暑いのなんのって大変だ。
外から入ったときはそんなでもないようだが中にいてあっちに行ったりこっちに来たりしていたらその温度差で今日はほとほと疲れてしまった。クーラー屋さんに診てもらったところコンプレッサーが壊れているらしい。
どうしてこんなことになったか考えてみて、はたと気がついた。最近の日誌のボルテージが上がり過ぎていたんだ。
今日来たYちゃんとDちゃんにも暗にほのめかされたが私の悪い癖が出たようだ。
気をつけていたのだが、数日前に全次元医学のマスターコースがあったものでついついハイになってしまった。少女小説家のFさんはそんな時すぐに警笛を鳴らしてくれるのだが、最近、治療に来ても他に予約がない時はそのまま気持ちよく眠ってしまい、起きた時は寝ぼけ眼で話にならない。
人を当てにする方がヘンだが、それも私の悪い癖だ。これから気をつけよう。
さて、ひとまず反省したところで今日の分を書こう。
前回までイメージを小脳に置くところまで書いた。ではなぜ小脳に置くのか説明してみよう。例えば胃腸は食べ物を消化吸収するし目はものを観るがその共通していることは何かと言うと入ってきた物なり、光などを変換処理すると言う事だ。
では小脳は何をしているか。それはイメージを変換処理しているのだ。どのようにかというと自律神経やその他の無意識レベルの神経を使ってそのイメージを身体の中に現実化している。
つまり小脳は胃のように食べ物を消化吸収することは出来ないが、入ってきたイメージは消化吸収する事が出来る。
どのようにイメージが小脳に入るか。それは簡単だ。イメージを単にその位置に描けばいい。イメージは物ではないのだからそれは瞬時の出来事だ。
しかしここにある決まり事がある。そこが大いなる古代日本における科学の所以だが、それを書くとボルテージが上がるので今日のところはここで意を決してやめよう。
ここ数ヶ月ほとんど毎日のようにせっせと通ってくる人形づくりをしているMさんがやって来た。
軽いイメージトレーニングとバランス調整、
ここ何回か後の予約があってコーヒを出す事が出来なかったが、今回は大丈夫だ。
以前は治療が終わるとさっと帰ってしまったのだが、最近はコーヒを飲みながら一休みするのが楽しみな様子だ。彼女はいつも物静かで話はあまりしないのだが、私も楽しみにしている。
本はいつごろ出来上がる。もう少しです。校正とかいろいろ面倒なプロセスがあるんでしょう。と私。はい、でももう殆ど終わっています。
最近私も毎日、日誌書いているんだよ。彼女はにっこり笑うだけで何を書いているんですかとは聞いてこない。それでも私は昨日はこんな事書いたと説明する。彼女はふんふんと言いながらにっこり笑うだけで終わりだ。
そんな感じでコーヒーを飲み終わったらさっさと帰ってしまうが、彼女の才能は大変なものだ。
まだ24歳なのだが、直木賞作家の皆川博子さんや夢枕漠さんなどのプロ作家が彼女の小説を絶賛している程であるし、今この日誌で書いている事の殆どは既に理解している。
ここで提言しているその中核であるトランス技術も猛スピードでマスターしつつあるのだ。私が長い時間をかけて理解した事をあっという間に自分のものにしてしまう。
これは才能だろうか。それとも女性が故の直観か。どちらにしてもうれしい限りだ。