白雲の道

[No.36]最高の師

Date:2003年09月14日(火)

9月14日(日)
私にはたくさんの師がいる。ある人達はたくさんのお金に恵まれているが、私はたくさんの師に恵まれている。
どうしてかというと誰でも彼でも師にしてしまうからだ。家に飼っていた犬でさえ私の師だ。最近家出してしまったがあいつは本当にビューテイフルな師だった。私がこの日誌でこの治療所に泊まりが多かったものだから、鎖を引きちぎって旅に出たらしい。わたしもよく旅に出た。何のためかというと師に会うためだ。あいつもそんなところだろう。
師の中でもインドの和尚ラジニーシは本当にすばらしかった。1990年にこの世を去ったが彼の周りにはいつも古代日本を思わせるある種の静けさが在った。その中で語られる内容は深い洞察を含んでいるがそれはいつしか笑いに変化していく。しかしその後に残されるのは更に深い洞察だ。
例えばこんな感じだ。
インドのある木の下で深い瞑想の中に入っている修行者がいる。彼は悟りを求めて半日近くも座っている。
そこにインドでは聖なる動物と思われている牛がやって来る。彼は悟りとはどんなものかある程度先輩から聞かされて知っている。その牛がその修行者の前でおしっこをした。
彼は天から何かすごいものが降り注がれたと思って俺にもいよいよ悟りがやって来るに違いないと背骨をよりまっすぐにしている、そこへ大きなものがぼたっと落ちた。
その瞬間彼は何もないよりはましさとばかり、やったー。と両手を上にあげた。またしてもその両手にぼったと何か暖かく香ばしいいものが落ちた。彼はその気が遠くなるような喜びの中でその後、日が暮れるまで座っていた。
和尚ラジニーシはこんな話をしながらこれはあなた達だと言う。あなた達は人生においても悟りにおいても勘違いしている。そして日が沈むまで,死がやってくるまで自分が握り締めているものが何であるか気がつかない。そんな冗談の中から洞察を深め真実を浮き彫りにしてゆく。
彼がこの世を去った後、数年してまたすごい師に遭った。今もアメリカにいるラムサだ。
ラムサはチャネラーを介して話しているがその内容は英知に溢れ卓越している。その中で彼は和尚ラジニーシとは逆に叡智を洞察の中に投げ入れているかのようだ。
彼らは怒るだろうが,私は二人並べて神棚に上げている。実際の神棚ではない。気持ちだ。
今日の午前、ラムサが日本にやって来た時の会で知り合った友人MちゃんとHちゃんがやって来た。
MちゃんとHちゃんは夫婦だ。治療中も夫であるHちゃんが鍼治療を受けながらとなりに横になって待っている彼女にMちゃん痛いよ,痛いよーと愉しそうに怖がらせている。Mちゃんは何回も鍼を受けているが恐怖心は消えない。えーっやめよかな、やめよかなとうろたえている。そんな感じで仲良く鍼を受ける彼らはいまだ恋人同士だ。
治療後雑談。
Hちゃんは先に終わって好きな漫画、静かなるドンを読んでいる。その主人公にそっくりなHさん。なかなかのハンサムボーイだ。
Mちゃんはラムサの日本では最も熱心な生徒の一人だ。彼女からラムサがどんな事を話していたと聞いても自分で聞いた方がいい。絶対会いに行くべきだと教えてくれない。
私も彼のような卓越した精神を持った人の話は人に説明できるような小さな内容ではないのはよく分かる。
ところでMちゃん、日誌読んでる?時々読んでる。けっこう面白いと思うよ。
どんな風に?この前ちょっと落ち込んだとき読ませてもらったけどその後気持ちがけっこう良かった。
そのとき天使のような感じがしたのを覚えている。えー。それは最高の誉め言葉じゃないか。まあねっとにっこりしている。そんなに誉められたら後が続くかなという不安感に襲われてしまったが、その反面、女神に誉められた気分になってしまった。
私にとって最高の師はここに来ている彼らかもしれない。