白雲の道

[No.37]ビィジョンそれは完全なる自由

Date:2003年09月16日(木)

9月16日(火)天候晴れ
観る者は単なる観るだけの者ではない。観る者はある力を持っている、その力は完全に自由であり、誰もそれを邪魔する事は出来ない。その力は平面だけではなく意識と言う深さも持ち合わせているからだ。
例えば一人の男性を観たとする。ある女性は好みのタイプで好感を感じるかもしれない。しかしある他の女性はダサイと感じるかもしれない。これは観られる者をそのように変える力であるし,また,同時に自分の中にも同じ者を創造する力でもある。
しかし,この力はこの平面的な力に留まらず,立体的な意識を伴った深さも持っている。
同じようにその男性を、ある女性は好みのタイプで好感を感じジーっと観ている。もう一方の女性は同じ好感を感じながらも気がつかれないようにちらちらと観ている。もう一方違う角度から観ている女性は同じ好感を感じながら目ではなく、からだ全体でその存在を観じている。
この違いはなんだろうか。それは意識の度合いの違いだ。つまり深さだ。からだ全体で観る観方は直感を誘発するが同じように意識の度合いが深さになってゆく。
プロの音楽家が子供の歌をちょっと聞いただけでその子供や親さえ気がつかない才能を観、そしてその才能に焦点を当てつづけたとするとその才能は成長を始める。
その子供がなんと言おうとその観る者の深さにおいてそれを現実に近づけるのだ。ではなぜその音楽家はそのような事が出来るのだろうか。
ひとつは意識そのものが太陽の光のように成長させる力である事。もうひとつはその音楽家が才能以外の顔かたちや怠け者の性格などを無視する事が出来るからだ。
その音楽家の意識は凡人がその子供を観る観方を超え深くその才能に焦点を当てつづける事が出来る。
夕暮れが始まる頃架空の人Gさんがある悩みをもってやって来た。
ここでは技術を使うのが本業なのだから、カウンセリングや雑談で治療費をもらう事はない。軽い身体の調整とイメージトレーニングをした後に雑談しながらその悩みを聞いてみた。
先生,私最近頭悪くなったみたい。勉強がさっぱり分からない。どういうわけか全然頭に入らない。ちょっとあることを考えてみようとがんばってもすぐに何かほかの事考えてしまって落ち着きがない自分になってしまうんです。もうちょっと頭よく出来ませんか。
私も余り頭のいい方ではないからそれは無理だ。でも先生、前はもうちょっと良かったんです。ちょっと観察しているとなるほど動作にちょっと落ち着きがなく、気が急いで軽くどもり気味だ。
今一番気になっているものは何か聞いてみた。Gさんちょっと考えて周りの友達や友達ではない人たち,そこにいろんな性格や態度を観るか。いっぱい観ます。その中で彼らに何を期待している。またちょっと考えてやさしい人であったらと思います。ではどんな人であろうとその人にやさしさを観て他の事は無視しろ。
そんな事難しいです。そうだろな。ではいい方法を教えてあげようと言ってある方法を教えた。それはこのようだ。
まず、目の前高くにやさしい人と言う文字を書く、そしてそのイメージを保持したまま息が上がるまで走る。100メートルでも5メートルでもその場で駆け足でもいい。
その事で無意識の力が周りの人に優しい面を表現するようにその力を及ぼす。どうしてかというとあなたが優しい面をより深く観るよう意識を使うからだ。もしその事が理解されると集中力はだまっていても上がる。
本当ですかー。そう簡単ではないが、まずやって見ようと言ってその場で行なってもらった。まだ様になるところではないが彼女は一生懸命だ。
この事でイメージと呼吸の力と行動の3つが融合して深さを持った意識力になる。これがビィジョンと言われるものだ。彼女はちょっとした楽しみを持ってにっこりして帰っていった。