白雲の道

[No.56]姿勢と視線

Date:2003年10月08日(水)

10月8日(水)天候晴れ
子供の頃、日本人は姿勢がいいと思っていた。しかし今周りを見廻して観るとお世辞にもそうは言えない。
以前インドの田舎を歩いていて思った事は,彼らは姿勢がいい。頭に荷を乗せて歩く習慣も関係していると思うが、誰も日本人のように肩を丸めて急ぎ足で歩く人はいない。
それにも増してどういう分けか日本人は人と視線をあわせない傾向があるようだ。
私のように目を人の視線から避けないのも問題はあるが,外国人から見るとちょっと不思議に映らないのだろうか。
映画を観ていて不思議に黒人と白人の悪役は姿勢がいい。黒人はヒップアップした姿勢の良さだが,白人の方は胸を張った姿勢の良さだ。日本人はそのどちらもない。
目の使い方は黒人は直感的な使い方をしているが,白人は見通すような観方をする。日本人は遠慮がちにチラチラ観ていてそのどちらでもない。
しかし現代の活発な女性層は例外だ。彼女達はこの両方の観方と姿勢を持っている。ただそれがどのような力を有しているか気がついていないようだ。
黒人の姿勢とその観方は大地から湧き上がる陰のエネルギーと結びついている。白人の姿勢と観方は太陽や月を含めた全ての星々の光からやって来る陽のエネルギーと結びつく。
もっと簡単に言うと身体の安らぎは黒人的な姿勢と観方から。人生の爽快さは白人的な姿勢と観方から来る。
もっと端的に言うと黒人的は癒し。白人的は創造だ。これ以上の表現の単純さは考えつかないが,もし、直感的な人が創造的な生き方をする事が出来たらすばらしいに違いない。
いや、もっと大きな可能性が開くかもしれない。それはこういう事だ。
ある所に絶世の美女がいたとする。しかしその美女は愛に満ちてはいるが精神的にちょっと不安に生きている。その近くのところに格好は今一だが世界を観透す程の知性とそれを包むほどの愛をもった者がいる。しかし彼には喜びがない。
この出逢いに等しい出遭いが自分の内側でも起こる。小脳と言う無限の美と大脳と言う無限の自由が出遭う事になるからだ。
神様はどうしてか分からないが私たち人間だけでなく,世界の人種や身体の中のエネルギーまでを半分に分けたらしい。半分ではいつも中途半端な気分になるが、一つになると満たされる。鍼灸の世界も同じだが,半分の陰と半分の陽を少しでも一つに合わせる事で健康になってゆくのは確かな事だ。
午後の診療が終わろうとしていた頃、健康管理に月に一度は必ずやって来るSさんがやって来た。彼はもう15年ほど前から同じリズムでやってきている。身体も15年前から同じような感じだ。
軽い鍼灸治療。その間にSさんは世間話をするのが好きでいつも最近の状況を話してくれる。私もSさんが来ると世間話モードに入って楽しむのが常だ。
Sさんは今週末北海道に生まれて初めて昔のボーリングの仲間と旅行に行くらしい。北海道の話からボーリングの話になった。
つい最近講習会の仲間とボーリングに行って遊んできたばっかりだったのでボーリングについていろいろ聞いてみた。ボーリングは姿勢とイメージが大切だとの事。気を散らさずに姿勢とピンを倒すイメージに集中できるかどうかが鍵らしい。
それは面白い。そう言えばボーリングをやっている人たちは姿勢とそのフォームがいい,投げた後もそのフォームはなかなかのものだ。
私も昔スコアを200ぐらい取ったことありますよ。と言ってみた。んー。それじゃ大体アベレージは130か140と言う所だなとSさん。僕のアベレージは170ちょっとだったけど最高は250だ。聞いてみると30年ほど本格的にやっていたようだ。
それを聞いてみるとなるほど15年ほどここでSさんを知っているが,姿勢と視線がいい。Sさんを診ていると昔のままなので15年前にジャンプしたかのように感じるほどだが、今日の帰る姿は今まで以上に立派に観えた。