白雲の道

[No.59]観る者と陰陽

Date:2003年10月11日(土)

10月11日(土)天候晴れ
陰と陽、この世界は陰と陽の世界だ。身体の中にも陰と陽があり人の中にも陰と陽があるが、昔の中国の文化人達はこんな事を内臓の一つ一つ心や感情の一つ一つに関しても取りとめもなく調べていた。
今はその事を理解できるが,それまでは大変だった。陰陽の概念的なものはすぐに理解したが,それがどうしたんだ。どんな意味を持っているんだ。それがなかなか出て来ない。
例えば,女が陰で男が陽だ。分かったそれがどうしたのか。暗闇が陰で明るさが陽だ。分かったそれで。内臓の臓が陰だ。腑が陽だ。分かったそれで。こんな調子でいつまでたっても埒があかない。そのうちに面倒になって何か分からないけど理解した気になった。
不思議な事にそれでも人はその説明で理解してくれる。理解していないのに回りはへー。そうなんですかそれはすごい事ですね。わかりました。
それはちょうどこんな会話に似ている。話が盛り上がって今度家に遊びに来てくださいよ。ええ。分かりました,絶対行きます。そういってにっこり分かれるが,お互いどこに住んでるか,電話番号さえ言ってないし,聞いてもいない。社交辞令だ。
気に関しても似たようなところがある。大切なのは気だよ。気!分かりました。気ですね。がんばります。言ってる方も聞いてる方も分からないまま分かった気になる。
こんな感じに輪をかけたような事がまかり通るぐらい中国はおおらかなところがある。それはそれですばらしい。しかし日本の土壌はこれを受け入れるが,一方で信じられないほどの切れの良さがあり、このような会話の中にもその本質を貫いてしまう。この陰陽を古代の日本流に置き換えて説明してみよう。
大地が陰とし、観る者としよう。太陽の光を陽とし、観られる者する。大地が太陽を観ている。その大地は太陽の光を見ているのではない。大地の全体で観ている。つまり光を見ているだけでなくその陽光を一身に受けそのあたたかさをも観ている。時間が経つと大地の深いところまでその陽光によってあたたかくなる。しかし太陽が隠れるとその熱は逆に大地の深いところか表面に浮き揚がって来る。これを毎日のように繰り返すと何が起きる事になるだろう。
大地の周辺にリズムを持った生づいた空間が創り出される。その空間は多くの生命を育てる。始めはそこにあったものは冷たい大地であった。そして単に光があった。しかしその観,観られる交合によって第3の者、息づいた生命が創り出される。それが陰陽の意味するところだ。
男と女の存在が観る者と観られる者に変化するとそこに生きたエネルギー創造される。美女と美男の夫婦が近くに寄り添っていてもお互い見ているだけで直感的に観なければ他人と同じだ。
全ての生命のエネルギーはエネルギーから生まれたのではない。観ると言う意識によって活気づけられ創造されたものだ。
ちょうど昼時になりかけようとした頃以前勝負力でも紹介した架空の人Bさんがやって来た
軽いバランス調整とイメージトレーニングの後、雑談。
どうだい最近学校の方は。はい。あれから休まずに毎日行ってます。そうそれはすごいね。
先生に言われたように寝る前に明日朝起きて元気良く行くことをイメージしているせいか,あれほど辛かった朝が最近違うんです。どんなふうに。自分との起きる起きないの戦いが以前のように起きないうちに起きてるんです。
それはイメージが少しずつ現実に動いてきたんだな。自分にも無意識の力がありそうな気がしてきたんじゃない。
まだはっきり分かりませんが,そうならいいと思います。
先生今週変わった事がありました。前に嫌われていると思っていた友達から電話がありました。同じ学校ではないのですがそれから不思議に学校に行くのが楽になった感じなんです。
今週は微妙な事だけど大きな変化をしたようだね。きっとこういう事だ。今までの見る見方から観る観方に変わってきたので人生が活気づいたんだ。そうかも知れません。前より友達と話していると愉しいです。
彼女の笑顔が以前より生き生きと見える。彼女は観ているのだと思った。