白雲の道

[No.65]3の基調

Date:2003年10月19日(土)

10月18日(土)天候晴れ
日本は不思議に3と言う数字を多く使っている。何人かで順番を決める時じゃんけんぽんと3拍子と3つのサインを使うが他の国ではコインが裏か表かで決める。外国のどこにもじゃんけんぽんはない。
昔の兵隊が勝どきをあげる時日本ではエイエイオーと3拍子を使う。他の国ではオーと言うだけだ。他の国でもエイエイオーはない。
日本式の結婚式で3,3,9どと言うのがあるが,どこの外国にも3という数字を並べるの儀式はない。アンチキリストの6,6,6の数字は有名だが,これは何を意味しているかわからないが,おそらく何かの科学がその背後にあるにちがいない。
3と言う数字は古代日本の科学が使っていた基本的数字であるのを知ったら驚くだろうか。3と言う数字は客観視する視点である第3者を意味している。1は観る者、2は観られる者,3はその中間のトランス。つまり過去未来を客観視する第3者である中脳位置を言う。
1は無意識の主体である小脳。ここから生命は始まる。2はこの世界に広がる健在意識の主体である大脳、3はそれらを客観視し、この両方から自由になる主体である中脳。
一日を3つに分け小脳をフルに使ってヒーリングしながら眠っている8時間を1、朝起きて世界に向かって大脳をフルに使って活動する8時間を2、大まかな仕事を終え中脳を活性してその仕事を客観視して見渡す8時間を3とした。
アメリカの映画を見ていていつも思うのだが、彼らはその映画の中で誰がボスかが、重要なファクターで,ボス争いのシーンが多く出てくる。
日本の映画でこのボス争いのシーンが出てくるとあまり受けはしないだろう,しかし、アメリカで映画では痛快に受ける。
日本人は水戸黄門のようにヒーロではない、悪玉と善玉が尊敬するような第3者の偉い人が降りてきて仲裁したり,征伐するシーンが受ける。これも国民性の違いなのかもしれない。,
それは日本が3と言う数字を基調にしていたからではないだろうか
今日の午後の講習会はSさん一人のみ。普段やらない事をいろいろと行なって新しい分野を開拓した。
講習会の後、雑談。
最近は雑談する前に数字当てゲームをしてその場を盛り上げる事にしている。今日は私とSさんの二人のおじさんがちょっと淋しげにゲームをした。
Sさんは講習会のメンバーの中で最も強い人だ。いつもカード5枚引くとそのうちに一枚はぴったりと当てる。60枚のカードの中からその一枚を当てるわけだから確率的には不思議なことだ。
ここで使う技法は以前説明したが,人生に応用できる。勝運をあげえようとしているだけでなく,大脳そのものを活性しようとしている。
ところで最近の経済の状態はどうですか。あまり良い材料はありませんねとSさん。Sさんは不動産企業のトップレベルにいる人だから経済の見方は鋭い。
私は経済には疎いが,日本の良さや底力のようなところから日本の可能性は信じて止まない。日本の強さは精神の高さと客観視するその観かたにあると思っている。その辺を力説するが,Sさんはその事を良く分かっているが,あまりにも悪循環にはまり過ぎていると言う。
困ったものだ。日本の精神の高さはどこに行ってしまったのだ。今こそ真価が問われる時代でもあるのにみんな議論の中に消耗し,落ち込んだイメージの中で埋もれている。やっぱり女神に頼るしかないか。おじさん二人の遠吠えも遠くには届かない。