白雲の道

[No.66]管理する者とされる者

Date:2003年10月19日(日)

10月19日(日)天候快晴スポーツ日和
管理する者と管理される者
私たちの世界はこの二つに分かれつつある。
管理する者は管理しながら管理されている者を観ている事になる。そして管理される者は管理している者を観ている。もし彼らが感情や身体の全体でそれを観ているなら形勢は時間とともに逆転してゆくだろう。
しかし,何の感情もなく、それをあたりまえのように見ているならこれは永遠に続く事になる。直感を通して観ている事で無意識からの波のようなエネルギーを創造することが出来るが,あたりまえに見ているだけではエネルギーは生まれない。
だから利口な管理する者は感情を込めて管理する者を観ない。もし、支配する者を自分に置き換えて感情を通して観ると自分が管理されるエネルギーが無意識の方からやってくる事を知っている。
インドのカースト制度が何千年も続いたのには理由がある。上の階級の者は下の階級を目にも入れない。用事がある場合でも視線を合わすことはない。日本の場合はそれ程でもないが,その傾向はある。
このあたりは込み入っているが、例えるとこんな感じだ。
時計の振り子がチックタック動いている。左が観る者、右が観られる者だとする。もし両方が観るのであればこの間にその振り子は揺れ陰陽は交合する。しかし,主人が召使を見るような見方で見、それを受け入れた召使の見方の間ではこの振り子は動かない。この関係は永遠に変わらなくなる。
支配する者と支配される者の間ではこの振り子が止まる事はない。この関係はあからさまな辛いものではあるが熱いからだ。しかしこの管理する者と,管理される者の関係は微妙な駆け引きの中で冷たくなってゆく。
もし,この世界があらゆる変わり者の天才で溢れ返ったらどうだろうか。私は本来そうあるべきだと思う。それはすばらしいのに決まっている。天才は観ている人たちだ。この冷たい関係を壊してしまう。ここで困るのは管理者だけだ。
その管理者が声高にそんな事になるとあなた達管理される者はより粗末に扱われるようになると脅かす。
だが、それはちがう。熱い世界がやってくる。一方で管理する側の人たちは管理しなければやる気を起こさない人たちを管理して助けている事は確かだ。それは愛である事はわかる。
しかし,その愛はもういらないと天才達が言うとそれも辛いものがある。それは愛している一番ふがいない子供がまっとうになって自分を離れてゆく親の淋しさに似ているかもしれない。
夕暮れ時が始まる頃あの元気のいいスポーツウーマンHさんがやって来た。
軽いバランス調整とイメージトレーニングの後雑談。
どうだい。調子は、今日は強いチームとの試合があって疲れました。あちこちが筋肉痛です。それはいい事だ。関節痛より筋肉痛のほうが良いに決まっている。それはより強くなるためのになるための産みの痛みだと思えばいい。。
ところで今日も女神への決断から素朴なところで何か質問をつくってくれない?何を聞こうかな。んー。結婚とか子供の事とか。そのあたりの見解は。
無責任な立場から一つの提言として言うと結婚と言う制度はやめてしまえばいい。え、えー。
でも子供はどうするんですか。そう来ると思った。子供は世界の宝として多くの才能や愛のある天才先生達と暮らせるようにすればいい。
親はどうするんですか。親は好きなだけ愛を注げば良い。もし、忙しくて構えない場合でも親は罪悪感なしで自分の好きな恋愛や仕事をすればいい。
そうなると親と子供の絆はどうなるんですか。そう来るはずだ。子供はまず自身との絆を持つべきだ。それは天才の道を開く。それによって親を含めた世界と絆を持つ事になる。
でもそれじゃ親が淋しいんではないですか。その気持ち分かるけど、その分自分も負けない熱い人生を創造すればいい。
んー複雑。確かに結婚は始め熱いけど冷たい関係になっていく場合も多いかも知れませんね。
このことに関して言うは易しいが実際としては大変な問題だと思う。