白雲の道

[No.68]イメージの設定位置

Date:2003年10月22日(水)

10月21日(水)天候晴れ
川幅が10メートル程の急な流れの川に一本の丸太の橋がかかっているとする。幅は30センチほどあるが,形が丸いのと節くれがあったりするから渡るのには注意が必要だ。
どのように渡ると最も簡単に渡りきる事が出来るだろうか。
ある人はこの丸太に抱きつくように渡ろうとする。
ある人は4つんばいになって重心を低くして渡ろうとする。
ある人は綱渡りのように手を左右に広げて注意深く渡ろうとする。
ある人は身を乗り出すやいなや急な川の流れに眩暈を感じて拒否する。
ある人は向こう岸の渡りきった丸太の位置を目指し,歩いて渡ろうとする。
誰がこの橋を最も早く落ちないで渡りきっただろうか。
その答えは最後の目印に向かって歩いた人だ。なぜだろうか。彼はイメージを使ったからだ。もう一つの理由は落ちるかもしれないと言うイメージを無視したからだ。
つまり、イメージに翻弄されたのではなく,イメージを使った。
この例の中で多くの事が言えるが、注目すべき事が二つがある。
どうしてイメージの場所を指定して使ったか。
どうして目印のところまでに到達するまでにその丸太には危険な節くれがあるのにそれに注意を向けなくて渡れたか。
イメージが力を持つためにはイメージする場所を指定しなくてはならないのが一つ目の理由だ。
もし、身体に働きかけるのであれば小脳に,人生に働きかけるのであれば大脳の前方にその中間は直接その位置に働きかける。イメージが力に変換されるか空想で終わるかは位置が決められているか否かの問題なのだ。
イメージが正確に位置が示されるとそれを妨害するものは無意識が対処する力をもっているのが二つ目の理由だ。
あるスケートの選手がイメージトレーニングをして表彰台に立っている姿をイメージしたとする。
このとき表彰台と言う位置イメージが無意識を活性させて理屈を超えた大きな力でその人を表彰台に向かわせる。それは向こう岸に印をつけるのと似てはいないだろうか。
夕方架空の人Zさんがやって来た。彼はキムタクを凌ぐほどの美男だ。美は更なる美を追いかけてもなかなか様になる。
バランス調整とイメージトレーニングの後雑談。
どうだい。治療後の感じは。違いは分かります。感じはいいですよ。
彼はイメージをさまざまな位置においてその違いと価値を短期間で理解した。普通男性は女性にくらべて時間がかかるが,彼の場合は美という美妙なものを追いかけているだけの事はあって速い。
先生、この形のラインは鍼でどのぐらいで変わりますか。鍼で変えようとしているのではない。はりは無意識に示す目印のようなものだ。変わる力は無意識からやってくるが,無意識はその目安と感覚がないとなかなか働く事は出来ない。
そのためにまず鍼によって物理的な目印をつける。その次に感覚的なものを身体に映し出す。そしてその感覚イメージを小脳に移動して呼吸と融合する。
鍼だけでは元気やヒーリングを起こすのには十分だが,形を変えることは難しい。
しかし、イメージが実際の形を動かす程の力になるとすばらしい可能性が開く。
その可能性とは形だけではなく実質的な力を持った美が創造されることになる。期間は数ヶ月はかかるが,Zさんはこの辺の理解を身体をもっても知ることになるだろう。私も楽しみだ。