白雲の道

[No.69]ある感性の成長

Date:2003年10月23日(木)

10月23日(木)天候晴れ
私たちの感性にはすばらしいものがあるが,どんな感性も始めからあったわけではない。
観る者としての意識は生まれた時に既にあった。しかし感性を持って生まれたわけではない。親からの遺伝子や前世を越えて持ち込んだ質は身体とともに生まれ出るが,感性そのものではない。感性は自分の身体に映し出して育てるものだ。
例えば,ワインを飲んだ事のない人はその良さがわかるのにそれなりの時間がかかる。始めからその感性があったわけではない。
ただ何となくワインやコーヒーを何年飲んでもその傾向や違いを身体で感じていなければその感性はあまり育たない。
例えばソムリエと言うワインの案内人がリードしながらこのワインはライトボディと言って軽い口当たりと鼻に抜ける軽さがありますが、フルボディのタイプは胃に重く感じるようなコクがありますと言ったとする。
飲む前にそう言われれば,そうかもしれないと思うが、誰しもまだ実感はない。そこで、ソムリエがどうですかと聞いた。
ある人は良く分からなかったと言った。
ある人は何となくそのように感じますと言った。
ある人はあなたがそう言うとみんなそんな感じがしてしまうから言うなと怒った。
この3人のうち誰がワインの感性をより高める事が出来るだろうか。
答えは2番目の何となく感じます。と言った人だ。3番目の人の気持ちも分かるが,もしソムリエが何も言わず3人にワインを飲ませたとすると、誰もその感性を高める事は出来ない。
1番目の人はそれはそれでいい。しかし分からなかったと結論づけるより見当違いの感想でも言った方が自分の中で何かが動く。例えばライトボディの方は重く感じたがもう一方は苦いと言うような感想でも次回それを基準に出来る。その基準は後でどのようにでも変更できるが,分からないと言うとその基準さえ失ってしまう。
目に見えない分野の能力はみんな何となくで始まり次第にはっきりとしてきた。私たちも生まれてすぐに誰が母親で誰が父親かも分からなかったが,何となくの感じから人生が始まっている。それは自然だ。
だが、そこで分からないと結論づけるとその人はその感覚が自分を制限する障害になってゆく。だから秀でた先生達は生徒に分かりませんという言葉を言わせないように授業を進める。特に音楽や絵画などの芸術関係やスポーツではこの事は大事だ。
午後の終わり頃、Dちゃん、Yちゃん,美男子少女、そして一人の女学生架空名Qさんが仲良くやって来た。
軽いイメージトレーニングと鍼灸治療の後雑談。
今日の主役は、彼らの中に混じってやってきた女学生Qさんだ。みんなしてはりを体験するように彼女に勧め,怖がりながらも彼女は生まれて初めて数本の鍼を体験した。
どうだい、生まれて始めての鍼は、もじもじしてよく分からないそぶりだ。でもやっとの事、腰のあたりが軽くなったような。と言った。これでいい。誰も生まれて初めて酒を飲まされうまいと心から言える人はいない。
それに、彼女はわからないとは言わなかった。心の中でそう思っていた半面はあったのかもしれないが,それでも彼女の鍼に対する道は開かれたようなものだ。いつかその感性は成長する。
彼らは彼女にイメージトレーニングの方法を学校の試験を例にこんこんと説明している。その説明は端から見ていて人の良さが滲み出す優しさと気使いで溢れていた。
こんな彼らを見たのは初めてだ。この天才の道を開くこのトレーニングもいつか彼女の中で彼らの愛情を伴って成長を始める事だろう。