白雲の道

[No.71]管理なき自由

Date:2003年10月25日(土)

10月25日(土)天候晴れ
ある古い民家の庭に数多くの鶏の籠が並んでいる。普通鶏小屋があってそこに集団して鶏たちは夜になると入るのだが,その主人は時代に遅れないように一早く1羽づつ籠の中に入れる新しい方法を取り入れた。
その籠にはいろいろなランクがあり,一番低いランクのものはただの籠だが,中ランクでは下に軟らかい藁が敷き詰めてある。一番高いランクではそれにシャワーがついている。
鶏たちは夕方近くになると一番高いランクの籠の周りに集まり,熾烈な競争が始まる。
その競争に勝つためにあるオス鶏はえさを啄ばむ時間を割いて上ランクの鳥かごの前に昼間のうちから陣取って動かない。また前日その上ランクの籠を手に入れたメス鶏は一日中餌を啄ばむのを我慢しその中にいて動かなかった。
その競争は中ランクでも一番低いランクでもあった。籠の数は鶏がみんな収容する事が出来る数よりひとつだけ少ない。つまり落ちこぼれた1羽は籠がなく一夜を過ごさなければならない。それは生命の危険を意味していた。周りにはそれを狙って毎夜どら猫や狐が待ち構えているからだ。
この新しい方法によってその主人は利益があることに気がついた。それは毎晩1羽ずつ消えるが今までの競争がない時より鶏が戦って競争するのでの肉が引き締まってうまくなった事だ。もう一つは鶏が速めに籠の中に入ろうとするのでうまく管理する事が出来るようになった。
しかし思いもよらない事も起こった。それは毎晩消えるはずの1羽がどら猫やきつねなどの餌食にならず生き延びている。そのような事があってしばらくした頃、数羽の鶏がちょっとした木から木へと飛行していた。
それだけならよかったのだが,そのうち彼らは集団で庭に帰ってこなくなった。彼らは自分の本性を知って野生化していったのだ。
あせった主人はこの方法を止め,微妙な駆け引きに出た。餌を与えるから籠から出るな。
鶏は安全と餌の二つを得たと喜んだが,大切なものを失った。その鶏たちは何となく満たされない欲求不満を感じたが、いつの間にか忘れてしまった。今となっては永遠にそのクールな管理に気がつかないだろう。
野生の鶏を籠に無理にでも押し込んでしまうのは第一の管理の方法だとすると、前者の飴と鞭による方法は第二の管理だ。後者の恐怖と飢えからの解放と見返りに奪った自由、それは第3の管理の手法だ。それは微妙な駆け引きであり永遠に後戻りは出来ない。この3つの中で問われているのは自由だ。
今日は治療所の終了後、ここに治療にも通って来ている友人Mちゃん、Hちゃん夫婦とそれとここに通ってきているNさんと夕食に出かけた。
Mちゃんが以前紹介したアメリカにあるラムサのスクールからの帰国祝いをかねての私からの招待だ。Hさんはその夫。Nさんは彼らの友人でもある。
Mちゃん、Hちゃん夫婦はまだ恋人同士のようでもあり,お互い自由に生きている。Nさんも自由人だ。
私は数日前、日誌の管理する者とされる者の中で結婚制度はやめてしまえばいいと言うような暴言を吐いたのをちょっと気にかけていた。その事について彼らに聞いてみようと思っていた。
今回はカードの数字当てゲームをしながら勝てば誰にでもきつい尋問が出来るルールを作っての飲み会だったのでみんな乗り出して朝まで飲んでしまった。
Hちゃんが言う。今の社会は男性社会だ。男性に都合よく出来ている。私はいやそんな事はない。最近の女性は強いし、親父の方が粗末に扱われてやしないか。
彼はだんだんと興奮してきた。分かってないなー。奥さんのMちゃんが言い出した。そんなに男性社会が気に入らなかったら会社も辞めてしまいなさい。これにはHさん油に火がついたように煙を出しながら燃え上がった。
Hちゃんは妻の自由を訴えたつもり。Mちゃんは夫の自由を訴えたつもり。なのに爆発する二人。
お互い自由を許し合い、愛し合っているカップルは熱い。その熱さで私は何を聞きたかったか忘れて朝6時ごろには退散してしまったが,彼ら3人は朝の9時まで飲んで騒いでいたらしい。彼らの世界にはまだまだ熱い自由がある。