白雲の道

[No.74]記憶が橋を渡る

Date:2003年10月29日(水)

10月29日(水)天候晴れ
忘れる事と忘れない事。論理的な記憶は忘れやすいが,直感的な記憶は忘れにくい。
人の名前はよく忘れるが,子供の頃に食べたバナナの味は何十年経っても忘れない。
学校生活で習った論理的な記憶力に頼ったものはすぐに忘れてしまうが,うれしかった事や悲しかった事,感動した事のように身体で感じとったものはなかなか忘れない。
記憶の中でもリズムや語呂合わせで覚えたものはあまり忘れない。例えば3の平方根は人並みにおごれやと覚えて1,7320508,中学生の頃に覚えた数字の並びでしかないものを言葉の意味するものにすると何十年も使っていなくても忘れていない事が多い。
脳は右の脳を感性,左の脳を論理に関係する傾向はあるが,その両方とも同じように忘れやすい事が多くの実験でも立証されている。つまりどちらがより記憶の能力が良くてどちらが悪いと言う事は言えないらしい。
では直感的な出来事の記憶はどうして忘れにくいのだろうか。また語呂や音のリズムといっしょに覚えた数字や年代などの記憶はなぜ忘れにくいのだろうか。
このことに関して世界中にさまざまな説があるが,小脳が関係していると言っている説はない。だから私は私の直感から気分良く,新説を発表してみよう。
不思議な事に世の中のあらゆる説は小脳が記憶するものだとは思っていないようだ。リズム感やバランス感覚など無意識の運動や消化吸収する働きが生まれる前からセットして記憶されているものとしているが,新しいものを記憶するとは考えていない。そもそも無意識の領域が小脳に関係している事さえ考えていないのが現状らしい。
運動の世界や音楽の世界で無意識に動き出すあの絶妙ですばやい動きは無意識との橋渡しから獲得されたものではないだろうか。脳がいちいちその都度その全てを行なっているのだろうか。右の脳と左の脳が繋がるとする説があり、これは半分正しい事だと思うが,それは小脳の存在を考えていない。
私の新説は一つの記憶が橋を渡って無意識に繋がっているためにその記憶はそう簡単には忘れないと考えている。それは運動能力が無意識にまでつながると始めはぎこちない運動だがだんだんとさまになってスムーズになるようなものだ。スムーズになると速く正確になるだけでなく忘れにくくなる。
論理的な考え方は意識を前方に使う傾向があるが。感覚的な使い方は脳の後方、つまり小脳に意識を向ける傾向になるために小脳が関与する度合いが大きくなる。
そのために右脳を使うトレーニングが世の中で天才を創る教育に使われている。しかし本当の天才は右脳にあるのではない。無意識から来る。それは私の持論であって世が認めるものではない。
朝早く,以前何回も紹介した事があるこの治療所の最古株で功労者であるWさんがやって来た。
軽いバランス調整とイメージトレーニングの後雑段。
どうですか,最近の様子は。悪くはないですが,最近物忘れがして困ります。ボケるのが心配ですよ。ボケの治療はないですか。
Wさんは大丈夫ですよ。歯がしっかりしているし,言葉の歯切れがいい。そういう人は大丈夫です。
心配だったらこのように考えて見るといいです。太陽や月の位置をいつも感じるようにする。そしてそのリズムに身体を合わせたつもりになる。どうしてそれがいいのですか。それは自然が覚醒と眠りの振り子を大きくしてくれる。ボケるのは脳細胞がどうかなっているわけではなく,ボーっとした意識の状態になれてしまうからです。
その状態はだれでもみんな忘れてしまって思い出すのに時間がかかる意識状態なのです。そうですか。思い当たるところがあります。やってみましょうとWさん。きょうも数字当ての勝負は5分5分だった。こんな人がボケるはずはない。