白雲の道

[No.90]どうしてあの人は凄いんだろう

Date:2003年11月16日(日)

11月16日(日)天候晴れ
ある三人の若い医者の卵がインターンを終えて晴れて一人前の医者になった。
1人目は熱心な研究タイプ。いつかノーベル賞を取ってみたいと考えている。
2人目は貢献タイプ。身体が丈夫で自分の身体を犠牲にしても辛い病状の中で苦しんでいる人たちを助けたいと思っている。
3人目は浮世タイプ。親の病院を継ぐために医者になったが、本当は芸能界に入って面白おかしく生きてみたかった。
それから20年経って彼ら3人の思いはどのように現実となったか。
1人目の研究タイプはある矛盾に気がついた。医学を研究するにしたがってどんどん視点が小さくなって全体が分からなくなってしまう。彼は腫瘍の発生する仕組みをここ20年研究室に閉じこもって調べ随分と深入りしたが今だ結論が出ない。おまけに教授や仲間との人間関係で疲れてきた。いっそのこと患者と密着した普通の医者になろうかと考えている。
2人目の貢献タイプもまた、あることに気がついた。治してあげようと夢中になれば成る程自分の身体が同じような症状を呈する。肩こり一つ知らなかった丈夫な身体が今では全身があらゆる病気の巣だ。おまけに薬の効果を自分の身体で調べたせいもあって抵抗力が弱まっていて院内感染の菌にもおびえている。このままでは辛いと感じ早く引退したいと考えている。
3人目の浮世タイプは親から継いだ病院が今では左前だが、身体も心も清清している。
医者といえども人生なかなかうまくいかないものだが、ここでもっとも悲惨に見える2人目に焦点を当ててみよう。
彼は病気とは何かという疑問を自分の身体で体験している。それほどまでに愛情を持って病人に接したのだろう。しかし、彼は大きな誤りをしている。
彼の疑問は病気とは何かだ。正しい疑問は健康とは何かだ。病気は数限りなくあるが健康は一つしかない。病気の一つ一つに焦点を当てそこに思いをめぐらすと観る者は病気を創りだしその思いを完結させようとする。そして完結されたものは分裂というもっと大きな病気になる。
午前の終わりに架空の人Jさんが分裂症のような症状をもってやって来た。
軽い気功を使った治療をした後雑談。
どうですか、少しはすっきりしましたか。何となく目の焦点が合っているような気がして気持ちいいです。
先生、わたしのような症状は気功で治るのですか。簡単ではないですが、だんだんと今の目の感じと同じように焦点が合ってくると思います。
何が原因なんですか。ちょっと理解しがたいかもしれませんが、聞いてください。
分裂症の傾向を持つ人たちの共通するところはある一つの症状があるとするとその原因をたくさん考え追求する事です。
確かに症状にはたくさんの原因がありますが、その原因を追求する事そのものが、症状を創りだす場合もあるのです。そしてその考え付く原因が異なるたくさんの事だとたくさんの方向性を持った症状になります。
分かるような気がしますが、では、どうすればいいのですか。
ここに通って来ている間、このように考えてください。
身近な友達、あるいは家族の中で行動力があって元気のいい人を観てどうしてあの人は凄いんだろうと自問自答する。そして結論は出さない。不思議な事に答えと結論は自分の体験の中にやって来ます。