白雲の道

[No.91]自然な風が健やかなものに変えてゆく

Date:2003年11月18日(火)

11月18日(火)天候晴れ
息を吸うことで生命は始まり、身体は息を吐き出し何者かがその息を身体の外に引きとる事で命は終わる。ならば息をする事で何者かが身体の中に命を創造している事になる。
先日、ある修行者が1000日修行の後9日間の飲まず食わずの業に挑戦し、成就してゆく様子をテレビで放映していた。彼は60才前後の高齢でそれを成し遂げてゆくが、大変な事だと思った。私達は多くの言い訳を当然の事と言い通してゆくが、どんな言い訳も聞いてくれない状況がある。
それは死と言う奴だ。いつかやってくるその前に立ってどんなに言い訳をしても誰も助けられる人はいない。しかしそれは死だけではない。本来生命も同じ事なのかもしれない。
その9日間の修行の中では眠る事さえ、また横になることさえ許されていないらしいが、生命の基盤である呼吸をする事は制限なく許されている。
逆にいうとその修行は死ではなく命そのものと向かうために呼吸だけの状態に置かれているのかもしれない。
角度を変えて言うと呼吸は言い訳を聞いてくれない頑固者だ。例えば食べなくてもすぐには死なないが、呼吸を数分しないとすぐそこに死が待っている。そこに容赦はない。
この呼吸は同じ容赦のない陰陽のリズムから二つの傾向と能力を持っているが、この二つの呼吸の違いを現代人は不思議なほど認識していないようだ。
それはそれでいいがもし、気力が乏しくなったり身体が重くなったりして病気になりがちな時、このことを知らないと自分ではどうしようもあるまい。
一つの基準として
鼻から呼吸する陰の呼吸は身体の内側をヒーリングし身体能力を向上する。
口から呼吸する陽の呼吸は身体の外側、つまり、仕事や人間関係を円滑にする。
しかしこれを反対にすると疲れやすく人生が暗くなる傾向がある。この傾向は子供の頃に無意識的に理解してゆくが、もし、子供の時にこの傾向がうまく理解されていないと運動能力があまり育たなかったり人間関係が苦手な人になりやすい。
この呼吸によって不思議に私たちは生きているが、逆にこの呼吸によって制限された病状や生き方をしてしまうのは不思議な事ではない。それは道理と言うものではないだろうか。
午前の一息ついた頃架空の人Bさんがふらっとドアを開けて入ってきた。当院は一応予約制になっているが、それ程多忙ではないので気の向いたときにやってくる人も多い。
気効、暗示催眠の感性の度合いを調べた後トランス治療、その後雑談。
どうですか。期待に答えられそうですか。思っていたのと違いますが、思い当たるところがあるので通って治そうと思っています。
先生僕の場合、催眠と先生の言うトランスとどちらがいいのですか。
どちらも試そうと思っていますが、私が思うにはトランスの方が有効だと思います。というのはあがり症や自律神経失調症などの場合、呼吸が巻き込まれて阻害されている場合が多いからです。最近多いパニック症等もそうですが、これは呼吸のリズムを打ち出している小脳の影響が大きいため、催眠では反応しない場合も多いのです。そうですかとBさん。
呼吸にも二つの傾向があり、あがり症などの場合は陽気が変調を起こしているが、自律神経失調症の場合、陰気が変調を起こしている。
どちらも呼吸と関係し頑固者の性質を持っているので、症状は無意識から変調を起こして来るのでどうしようもない程の勢いを持っている。しかし呼吸の使い分けが出来るようになると無意識から自然な風が吹いてくるように、それらの症状を健やかのものに変えてゆく。