院長のつれづれ日誌

436
やめられない
2014/07/19(土) 23:47

久しぶりに、ここにやってきた。

ずいぶんと前、まだブログが一般的になっている前にほとんど毎日のように書き連ねた、このつれづれ日誌には愛着がある。

最近新パソコンを購入したのも手伝って、このつれ日誌を書き続けていた頃を思い出してみた。
今までに、非常にまれではあるが、「以前からの日誌をさかのぼって全部読んでいますよ」と言われる事があり、自分でもいくつか読み返してみると、登場していただいた人たちへの懐かしさと、一日一日の息づきを思い出す事ができる。

そんなこんなで、また気が向いた時に書き連ねてみる気になった。


今日は、兵庫県の有馬温泉エキシブ有馬離宮に宿泊、一人六甲山の頂上にロープウェイに乗ってやって来た。妻の朋美ちゃんが量子場調整の講座に二泊三日で神戸の数人に呼ばれ私は、妻にくっついて来ただけだ。

そのため、私には一人歩き回る時間がたっぷりある。

高さ950メートルの山並みだが、ここから見おろす神戸や大阪の町並みは絶景だ。この頂上に建設されている建築群は、どれも大胆で味がある美しさがある。

その一つの、喫茶室から眼下の絶景を前に今までの様々な出来事に思いを巡らし4、5時間もの間呆然と過ごしていた。

呆然といっても、私の場合はその呆然と想う思いがすぐに体の中の変化として現実になるので、ある意味無意識との対話状態になる。

例えば、呆然と過去の穴があったら入りたいほどの失敗を、想ったとするとそれなりの場が作られ体はそれなりに歪む。

その歪みを観て、今の量子場の技
術を使って変化させる。そうすると不思議な事に現在の体が微妙に変化するのを感じる。

つまり、過去を修正して現在を再構築しているのである。

そんな事を延々とやっている。普通は疲れるはずなのだが不思議な事に、微妙に以前より元気になるのだからやめられない。

435
想いは
2012/01/17(火) 17:39

人を変えるのは説教やたまに爆発する感情の表現によってよりも、その人の言葉なき想いによって、いつの間にか自然と変わり、本人は変えられた気がしない。

特に、美しさや生き生きとした個性は、見守るものによって成長する。
だから、美しい人の背後には、美しさを観る人達がいるに違いない。

時にはブチまけた不満によって変わる事があるが、それはいずれ、同じような表現によって自分に覆いかぶさってくる。

どんなに優雅に、あるいはどんなに悪たれた、またどんなに暴力的であろうと変わらないものは変わらない。だが、ゆっくりと成長するように変わってゆく力がある。


それは、父母の物言わぬ想いであったり、友人の思いやりであったりする。
私などは、50年ほど前にこの世を去ったオヤジの面影だけでも、今に思うとずいぶんと変ってきた力に思う。

ならば、変える力は想いをもったイメージではないか。また変わる力はその想いを温める力ではないか。


珍しく、粋な帽子を少し深めに被って入ってきたTさん。彼はここ5年ほど2週と開けず当院に通ってきているソフトバンクの内川選手の専属心理コーチ。

プロ球団選手達に混じってトレーニングをしてきたばかりで、その中で打率の賭けをして負け、 頭が丸坊主になっている。

恥ずかしそうにも、ニコニコしている。

普段の顔もそうなのだが、時々電話で話すその顔が、選手を思いやる気持で満ち満ちている。まるで、子供が学校から帰ってきて話す親のようだと思った。

彼のような、熱い想いが選手を育て、またその思いを温める人達がいる。

私には、プロ球団の練習ぶりは見えないが、素晴らしいエネルギーの流れが見える気がする。

想いは時空を超えた実質的な力なのだ。

434
挑戦!
2012/01/09(月) 19:15

おそらく、セシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239などの放射性物質が、東京都内にも徐々に健康に影響を与えるレベルで撒き散らされている事だろう。

これは身体の中にも多少なりとも蓄積され、内部被爆状態になっているとしたら事は重大だ。

起こってしまった現実は、どうしようもなく、
その汚染濃度がどれだけか、どの様にすると避ける事ができるか、どこに逃げたら大丈夫かなどまで、結局のところ定かなところはない。

放射能濃度のレベルがどの様に身体に影響するかなどの、データでさえ、あやふやなのだ。
調べれば調べるほど、わからないのは、一般人も専門家も同じで、世界に前例はあるが、ある人は元気に天寿を全うし、ある人は不思議な病魔に侵され、ある人たちは自然死なのか放射能が絡んでいたかの証明さえ出来ないで世を去っている。

しかし、得体のしない汚染物質が、微量なのかもしれないが、忍び寄っている事だけは確かな事だ。


例えば、何処かに大火事があるとすると、周りの空気は煙や火の粉に汚染される。その煙や火の粉を吸い込んでしまう人もいれば、咽せただけの人もいる。

同じ様なものだが、吸い込んでしまった放射性物質物質はある意味、極小単位の火の粉であり、長い間燃え続け放射能という煙を撒き散らす火の粉。


これを、またサウナに例えると、摂氏90度の高温サウナに1時間平気でいる人もいれば、私のように5分居ると苦しくなって飛び出す人もいる。

もし、これが数日、数ヶ月その高温の部屋にいるとしたら、生き延びる事は誰しも難しいだろう。

同じ様な状況で、身体の中の細胞が強いられる。結果としてその細胞は変質するに決まっている。どの様に変質するかはまちまちだと思うが。


つまり、無垢で、比較的若く弱い細胞が被害に合う。また始末が悪い事にその細胞よりも小さな火の粉であるがために、細胞の中の遺伝子まで被害を受ける可能性があるのだ。

では、どうする?


。。。幸か不幸か、私たち日本人は意識が内側に向いている。その意思がこのミクロの場を清める可能性がある。また、その火の粉は汚染物質と言われているが、エネルギーでもあるがために、反対に人間の身体ごと変容する可能性もある。

ならば、この惨事は日本人とって大いなる挑戦になるかも知れない。


- SunBoard -